第3話「すれ違いと誤解の雨」イエロープレート・ストーリーズ ~エンジェルナンバーがくれた恋~

YELLOWLOVE03-01 イエロープレート恋物語

※本作はフィクションです。登場する人物やエピソードはすべて作者の妄想によるもので、実在のものとは関係ありません。

第3話「すれ違いと誤解の雨」

湖へのドライブデートから数日。6月の空はどこか不安定で、湿った空気に慎也の心もざわめいていた。

約束の日曜日、ふたりはまたスーパーの駐車場で待ち合わせた。

「今日は僕の運転で行きませんか?」と慎也が提案し、美帆は少し驚いた顔をしたが、「じゃあお願いします」とうれしそうに助手席に乗り込んだ。

行き先は近くのショッピングモール。気になっていたカフェでランチをする計画だ。

車内では、いつものように他愛もない会話が続いた。天気の話、職場であった出来事、最近ハマっているお菓子。

でも、なぜか今日は会話の端々にぎこちなさが残る。

慎也は気づいていた。

美帆がスマホをしきりに気にしていることを。

信号待ちのとき、美帆の膝の上で光るスマホに「元彼」の名が見えた。

ちらりと覗くと「まだ好きだよ」と未読のメッセージが浮かんでいる。

動揺した慎也は、気まずい沈黙を埋めようと無理やり話題を振ったが、美帆もどこか上の空だった。

モールの駐車場に着く頃、空はますます曇ってきた。

「今日は、あまり元気ないですね」と美帆が小さな声で言う。

「いや、そんなことないよ」

「……慎也さん、なんか怒ってます?」

「いや、怒ってないよ。ただ……」

言いかけて、言葉が喉に詰まる。

モールでは、カフェも雑貨屋もどこかよそよそしい雰囲気が続いた。

二人ともお互いに気を遣いすぎて、空回りするばかり。

ランチのパスタは冷め、コーヒーの苦みだけが口に残った。

「美帆さん、何か悩みがあるなら、話してほしいんだ」

席を立とうとしたとき、慎也がぽつりと言った。

「……私、迷惑かけてるよね。最近、元彼がしつこくて」

「別に気にしないけど。まあ……ちょっとだけ、やきもち焼いたかも」

美帆は驚いた顔をして、ふっと笑った。「慎也さんでも、やきもち焼くんだ」

その時、突然の大雨。モールの屋根を叩く音が、静けさを破った。

帰りの車。フロントガラスを伝う雨粒が、車内の空気をさらに重くする。

美帆は黙ったまま窓の外を見つめ、慎也も何を話していいのか分からなかった。

途中、美帆のスマホにまたメッセージが届く。「もうやめて」とだけ返信しているのが見えた。

慎也は思わず「もうその人、無視すればいいじゃないか」ときつめの口調で言ってしまう。

「そう簡単じゃないの。私だって困ってるのに……」

美帆の目に涙が浮かぶ。

「慎也さんには分からないよ」

「……ごめん」

会話はそれきり、車内はワイパーの音だけが響いた。

スーパーの駐車場まで戻ると、雨はさらに強くなっていた。

「ごめんね、今日は……」

「こっちこそ、ごめん。いろいろ言い過ぎた」

美帆は小さくうなずき、傘を差して車を降りた。

慎也はしばらく、その背中を見つめていた。

車内に美帆の忘れ物――小さなハンカチが残されているのに気づく。

そこには、星のワンポイント刺繍があった。

その夜、慎也はベッドに寝転びながら考えていた。

(なんで俺はあんな言い方をしたんだろう。美帆さんは悪くないのに……)

思い切ってLINEを開くが、なかなか言葉が見つからない。

翌日も雨だった。

慎也は美帆に「ハンカチ、預かってるから今度渡すよ」とだけメッセージを送った。

すぐに既読がついたが、返事はなかった。

数日後、スーパーの駐車場で再び偶然出会う。

お互い気まずさを抱えたまま、少しだけ距離を保つ。

「ハンカチ、ありがとう」

「うん。……美帆さん、元気なかったから、心配してた」

「ごめんね、私ばっかり落ち込んでて」

「俺こそ、ごめん。勝手にやきもち焼いて、八つ当たりした」

美帆はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと話し始めた。

「本当はね、元彼から『やり直したい』って連絡がしつこくて……でも私は、もう戻る気はないの。だけど、はっきり断るのも怖くて」

慎也は「そっか」とだけ答えた。

その時、駐車場にJAFの作業車が止まった。

大雨のせいでバッテリー上がりの軽自動車がいたらしく、スタッフが「エンジェルナンバーの二人、今日も幸せな日になるといいね!」と明るく声をかけてきた。

美帆がふっと笑い、「やっぱり、私たちって目立つのかな」とつぶやく。

「でも、エンジェルナンバーは無限大の幸運でしょ? きっと雨も、いつか止むよね」

慎也はうなずいた。「うん、きっと晴れる。……俺も、美帆さんのそばにいたいから」

ふたりはゆっくりと向き合い、少しずつ距離を詰めていく。

雨音の中、ぎこちないけれど、ようやく素直な気持ちを言葉にできた。

「私も、もう逃げない。慎也さんといると、前向きになれるから」

「ありがとう。俺も、もっと大事にするよ」

その日、雨はしばらく降り続いたけれど、二人の間にあったすれ違いと誤解は、ゆっくりと溶けていった。

帰り際、慎也が「次の晴れの日、またドライブに行こう」と言うと、美帆は明るくうなずいた。

空はまだ灰色だったけれど、ふたりの心には少しだけ青空が見え始めていた。

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