※本作はフィクションです。登場する人物やエピソードはすべて作者の妄想によるもので、実在のものとは関係ありません。
第2話「エンジェルナンバーの秘密」
ふたりの再会は、思いのほか早く訪れた。
あの日の偶然の出会いから数日後、慎也は仕事帰りに近所のカフェで、見慣れた黄色い軽自動車を見つけた。「8888」のナンバーが眩しい。思わずニヤニヤしながら自分の車の隣に停めると、運命めいた期待がふつふつと湧いてきた。
カフェのガラス越しに、あの日の女性、美帆の姿を見つける。
窓際の席で、コーヒーを前にスマホをいじる美帆。明るいベージュのカーディガンが、やさしい雰囲気によく似合っていた。
思い切ってドアを開け、「偶然ですね」と声をかけると、美帆はぱっと顔をあげて微笑んだ。
「わあ、本当に偶然ですね!またお会いできるなんて。もしかして…エンジェルナンバーのご利益ですかね?」
カフェの席はほぼ満席で、慎也は「よかったらご一緒してもいいですか」と勇気を振り絞った。
美帆は「どうぞ!」と快く応じてくれた。
彼女は今日も柔らかな笑顔で、「お仕事帰りですか?」と聞いてくる。
「はい、今日は早く終わったので…」
「いいですね、私はこのあと友達と映画に行く予定なんです」
慎也は心の中で少しがっかりしつつ、「映画いいですね。何観るんですか?」
「“恋と偶然のドライブ”っていう、最近話題のラブコメ映画です」
「それ、俺も気になってました」
2人は映画の話で盛り上がる。慎也は、自分でも驚くほど自然に会話が弾むことに気づく。
やがてコーヒーをおかわりしながら、話題は“あの日の車”に戻った。
「そういえば、あの黄色い軽、珍しいですよね」
「はい。あれ、父から譲り受けたんです。ナンバーも、自分でわざわざ変更したんですよ。8888は“無限大の幸運”の意味があるって、父が教えてくれて」
「へぇ、素敵ですね。俺はなんとなく、語呂合わせと勢いで選んじゃったんですけど」
「でも、数字には意味があるんですよ」
美帆はスマホを取り出し、エンジェルナンバーのサイトを見せてくれた。
『エンジェルナンバー8888は、豊かさや成功、無限の可能性の象徴。人生に新たなチャンスが訪れる暗示です。』
「こういうの、ちょっと信じてみると楽しくなりますよ」
「なるほど…最近、確かに仕事でも小さなラッキーが続いてるかも」
「それはきっと、8888パワーです!」
2人は大笑いした。
ふと、美帆が真剣な表情になる。
「私ね、クルマってただの移動手段じゃないと思ってるんです。
父が亡くなったあとも、このクルマに乗ると“見守ってくれてる”気がして…不思議と元気が出るんですよ」
慎也は少し驚いた。普段明るい彼女から、急にプライベートな話題が出てきて、思わず真剣な顔になる。
「俺も…実は、家族との思い出が全部クルマの中に詰まってる気がしてて。旅行とか、ケンカとか、全部このシートで経験したなあ、って」
「だから、車が好きなんですね」
「たぶん。あと、今は…」
慎也は、少し言葉を詰まらせてから言った。
「なんとなく、この車を選んで、こうして美帆さんとまた会えたことが、すごく不思議で嬉しいです」
美帆は、照れくさそうに笑った。
「わたしもです。もしかしたら、車がキューピッドなのかも」
冗談めかした一言に、慎也の心臓はドキッと高鳴る。
そこへ、美帆のスマホが震える。
「ごめんなさい、友達から……あっ、ちょっと遅れるって」
慎也は心の中でガッツポーズ。
「じゃあ、もうちょっとだけ…」
「はい、もう少しだけ」
会話は自然と、“最近の小さな幸せ”や“好きな音楽”、“休日の過ごし方”など、プライベートなことへと広がっていく。
美帆が、ショッピングモールのパン屋さんのポイントカードを何枚も持ち歩いている話や、
慎也が、ラーメン屋のスタンプを集めすぎて店員さんに覚えられてしまった話で盛り上がる。
「そういえば、この前スーパーで助けていただいた時、チョコレートを買ってましたよね?」
「はい、あれ、仕事で疲れた時のご褒美なんです」
「僕も甘いもの好きですよ。次会えたら、僕のおすすめ持ってきます」
「本当ですか?楽しみにしてます」
ふと、カフェの入口が騒がしくなり、彼女の友達グループが現れた。
「ごめんなさい、そろそろ行かなくちゃ」
「また、どこかで会えますかね?」
「きっとまた、車が導いてくれると思います」
美帆はそう言ってウィンクした。
カフェを出た美帆は、駐車場で慎也の車と自分の車が仲良く並ぶ光景に小さく笑った。
友達からは「その車、彼氏の?」と冷やかされ、思わず「まだ違うよ!」と答える自分に驚く。
その夜、慎也も帰宅して、窓の外に止めた愛車を見ながら思う。
「8888のエンジェルナンバー、本当にご利益があるのかもしれないな…」
次の週末、勇気を出して美帆をランチに誘ってみると、
「ちょうどドライブしたい気分だったんです」と快くOKの返事が返ってきた。
迎えた日曜日。
お互いの黄色い軽自動車で、近くの湖までツーリング。
途中のコンビニでアイスを食べ、信号待ちで「次の信号が青なら…今度映画も一緒に」と、どきどきのゲーム。
幸運にも青信号が続き、「やっぱりエンジェルナンバーの力?」と2人で盛り上がった。
湖畔のベンチで、慎也が勇気を出して言う。
「また…こんなふうに、一緒に出かけてくれませんか」
美帆は少し照れながらも、笑顔でうなずいた。
「はい、またお願いします」
ふたりの心の距離が、ぐっと近づいた瞬間だった。
エンジェルナンバーが繋いだ“偶然”は、少しずつ“運命”へと変わりはじめていた。