※本作はフィクションです。登場する人物やエピソードはすべて作者の妄想によるもので、実在のものとは関係ありません。
第1話「出会いは黄色の奇跡」
土曜日の朝。慎也は、久しぶりに自分のためだけの休日を過ごしていた。
仕事は営業職。平日はクレーム処理に会議、数字との戦いでくたくた。休日くらいはゆっくりしたい——そんな気持ちで、のんびりとコーヒーを飲み干し、ぼんやり窓の外を眺めていた。
けれど一人暮らしの冷蔵庫は、男の寂しさを体現しているかのようにスカスカだ。
「仕方ない、買い物でも行くか」
Tシャツにジーンズ、キャップを深くかぶり、慎也は自分の愛車である黄色い軽自動車に乗り込んだ。
この軽自動車にはちょっとしたこだわりがある。学生時代からクルマ好きで、初めて自分の稼ぎで買った車。ナンバーは「8888」。
なんとなく語呂がいいし、縁起もよさそうだという理由だった。
近所の大型スーパーは、週末だけあって家族連れやカップルでにぎわっている。
「朝イチなら空いてると思ったけど、みんな考えることは同じか」
駐車場をぐるりと回り、やっと見つけた端っこのスペースに車を停める。
ふと隣の区画を見ると、そこにも黄色い軽自動車が。
しかも、ナンバープレートが目に留まった。
——「8888」
慎也は思わず二度見した。
「まさか…」
同じ色、同じナンバー。偶然にしては出来すぎている。
テンションが上がり、スマホでこっそり写真を撮ってしまう。
「これ、SNSに上げたらバズるかも…」
そんなことを思いながらも、スーパーに向かった。
店内では主婦たちのカートが縦横無尽に行き交い、賑やかなBGMが流れている。
卵や牛乳、インスタントコーヒーに冷凍餃子。淡々と買い物を済ませ、最後にお菓子コーナーで悩んでいると、背後から柔らかな声がした。
「すみません、これ取ってもらえませんか?」
振り向くと、控えめに手を伸ばしている女性がいた。
明るいベージュのワンピースに、茶色の髪をふんわり結んだ女性。背は慎也より少し低いくらい。
「これ、ですか?」
「はい、あのチョコレート……私、背が低くて」
「あ、どうぞ」
商品を手渡すと、彼女はぱっと笑顔を見せた。
「ありがとうございます! お兄さん、優しいですね」
「いえいえ、そんな。俺も同じの買おうと思ってたんで」
妙な間が流れた。彼女は軽く会釈し、カゴにチョコレートを入れる。
――そのとき、彼女の腕に下がった車のキーに、黄色いクルマのキーホルダーがついていることに気づいた。
(もしかして…)
勇気を出して聞いてみることにした。
「すみません、駐車場に黄色い軽自動車を停めてました?」
彼女は少し驚いた顔をして、「はい、そうです。あの……なにか?」
「あ、いえ、俺も同じ車で、しかもナンバーが『8888』で。隣に同じのがあって、びっくりしたもので」
すると彼女は目を丸くして、「えっ、本当に?私もナンバー、こだわって選んだんです!」と声を弾ませた。
「わ、こんな偶然あるんですね!もしかして…エンジェルナンバーとか気にするタイプですか?」
「いや、俺はたまたま縁起が良さそうで…でも、エンジェルナンバーって何ですか?」
「天使からのメッセージですよ。8888は“無限大の幸運”とか、金運もアップするとか言われてるんです」
「へえ……じゃあ、今日何かいいことがあるかもですね」
「たぶん、今がまさに“いいこと”かもしれませんよ?」
冗談交じりに微笑む彼女。
なんだか朝の憂鬱さが、うそみたいに消えていく。
レジで会計を済ませ、店を出ると、夏の日差しが駐車場を照らしていた。
彼女は自分の車の前で袋詰めを始める。慎也も、隣で同じように袋を車に積み込む。
思わず見比べる二台の車。ナンバーも、ボディの色も、同じ。
「どっちがどっちかわからなくなりそうですね」
「ふふ、たしかに。でも、うちの子は後部に小さな星のシールがあるから大丈夫です」
ふと、彼女が買い物袋を落としそうになった。
とっさに慎也が手を伸ばし、袋を受け止める。
「あっ、すみません、どじで…」
「いえ、俺もよくやるんで」
「なんだか、不思議ですね。今日初めて会ったのに、昔から知ってる人みたいな感じがします」
「それ、俺も思ってました」
2人は笑い合った。
「よかったら、またどこかで会えたら…」
「そうですね。もしかしたらまた、同じ駐車場で隣同士かもしれませんね」
「エンジェルナンバーのご利益、信じてみようかな」
「ぜひ!私のラッキーアイテムなので」
車に乗り込もうとした時、彼女が振り返る。
「私、美帆(みほ)といいます」
「俺は慎也(しんや)です。また会えたら、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします!」
2台の黄色い軽自動車が、ほぼ同時にエンジンをかけ、駐車場を出ていく。
どちらも、バックミラー越しに、もう一台の存在を確かめながら。
エンジェルナンバーが繋いだ、小さな奇跡。
その日は慎也も、美帆も、なぜか少しだけ胸が高鳴っていた。
「また会えますように」と、知らずに同じ願いを胸に抱えながら——。